入り込めないと判りつつ、そう思えるのが「何」なのか?を知りたかった。
だから・・・・だから、拘った。離れられなくなった。
見えないことは、不安を掻き立てたり、じれったく苛々させられたりする。
しかし、見えそうで見えないことが、余計にわたしの探求心を刺激したのだろう。
解かりそうで判らないことが、離れられなくした。
自分が、見せそうで居て見せない分、触れさせそうで拒絶してしまう心の奥を
いつか、見せられるとき・・・わたしは、開放されるのだろう。
それは、何も変わったものではないはず。
ただ、自然で真っ直ぐに、躊躇い無く・・・「素」になれるということではないだろうか?
まだ、時間はかかりそうだ。。




